Monthly Notes 2026-03

    はじめに

    GAコーナーストーンでは、ブルーブックを翻訳しながら読み進めている。今月は第2章「ギャンブルと強迫的ギャンブル」を扱った。前半にはAAの「医師の意見」をもとにしたステップ1の補足説明が行われ、後半では第2章の本文を質問形式で読み進めた。

    今月の範囲

    • 書籍:『Sharing Recovery Through Gamblers Anonymous』(ブルーブック)
    • :第2章「ギャンブルと強迫的ギャンブル」前半
    • テーマ:ギャンブルの定義、GAの立場、アレルギーと強迫観念

    章の概要

    第2章は、一般的なギャンブルの定義から始まり、GAがギャンブルの善悪について立場を取らないこと、そしてGAの本来の目的がギャンブルで苦しむ人々を助けることにあると明らかにする。続いて、強迫的ギャンブラーにとってのギャンブルの定義が示される。それは一般の定義よりはるかに広範で、お金の有無や賭けの大小を問わず、結果が不確実であるか偶然やスキルに左右されるものはすべてギャンブルとされる。GAメンバーの多くはこの定義に反発するが、どんな種類であれ最初の賭けを避けるべきであり、完全なアブスティナンスがコントロールを試みるよりはるかに良い道であるというのがGAの集合的経験である。

    強迫的ギャンブルの本質は結果に関係なくギャンブルに繰り返し戻ることであり、メンバーに共通する特徴としてアレルギー的反応が挙げられる。最初の賭けで異常な反応が起こり、負ければ無謀な絶望の中でさらに賭け、勝てばもっと勝ちたいという欲求に駆られ、ソーシャル・ギャンブルの境界の外で行動してしまう。今回のミーティングではここまでを扱い、精神の強迫観念以降の段落は次回に持ち越しとなった。

    キーワード

    • 強迫的ギャンブル(Compulsive Gambling):結果に関係なくギャンブルに繰り返し戻ること。あらゆる結果を無視して無謀にギャンブルすること。
    • アブスティネンス(Abstinence):あらゆる形態のギャンブルを完全にやめること。コントロールを試みるよりはるかに良い道とされる。
    • アレルギー(Allergy):最初の1回の賭けによって渇望という異常な反応が引き起こされること。花粉症や食物アレルギーと同様に、意志の力では治せないものとして説明される。
    • 強迫観念(Obsession):ギャンブルをしていない時でもギャンブルへの思考に取り憑かれ、最初の1回目に手を出してしまうこと。
    • ソーシャル・ギャンブル(Social Gambling):娯楽として行われる、コントロールれたひギャンブル。強迫的ギャンブラーは負けても勝ってもこの境界の外で行動してしまう。

    ミーティングレポート

    今月のミーティングは2部構成で進められた。前半ではAAのビッグブック「医師の意見」に基づくステップ1の説明が行われた。シルクワース博士が提示した「身体のアレルギー」と「精神の強迫観念」という2つの側面が紹介され、強迫的ギャンブルにも同様の構造が当てはまることが整理された。あるメンバーからは、「アレルギーも強迫観念も、人間の理性や努力や意志の力ではどうにもならないと心底分かることが、無力を認めるということではないか」という補足があり、ステップ1の核心に触れる共有がなされた。

    強迫観念についての議論では、感情的な問題がある時だけでなく、良いことがあった時や特段の理由がない時でもつい手を出してしまうという経験が共有された。理性のブレーキが効かなくなる瞬間は状況を選ばず、それが自分の力ではどうにもならないからこそ無力なのだという理解が深められた。

    後半ではブルーブック第2章の本文を段落ごとに読み進めた。

    特に活発な議論となったのは、強迫的ギャンブラーにとってのギャンブルの定義についてである。お金がかかっていなくても、些細なものであっても、偶然やスキルに左右される限りそれはギャンブルであるという広範な定義に対して、参加者からは「じゃんけんもダメなのか」「人生ゲームはどうなのか」「ノンアルビールのようなものか」など率直な疑問が出された。これに対し、定義にあてはまるかどうかとスリップを宣言するかどうかは別の問題であり、最終的にはそれぞれの個人に委ねられていることが共有された。ただし、GAのアブスティナンスの定義に照らし合わせると、「宝くじぐらいいいだろう」、「職場の賭けぐらい問題ないだろう」とコントロールを試みるよりも、きっぱりと線を引いてやめるほうがはるかに良い道であるというのがGAメンバーの経験的な知恵である。

    結果に関係なくギャンブルに繰り返し戻るという強迫的ギャンブルの本質については、「勝ち負けに関係なく」という表現が注目された。普通の人であれば負ければやめようと思い、勝てば満足してやめることができる。しかし強迫的ギャンブラーは負ければ取り戻そうとし、勝てばもっと勝ちたいと思ってしまう。この異常な反応こそがアレルギーの具体的な現れであると確認された。

    また、ミーティング後の雑談では宝くじ当選者の末路が話題となり、「3万円を10万円にしたいのも3億円を10億円にしたいのも本質は同じ」という言葉に、金額の大小ではなく行動のパターンこそが問題の核心であるという理解が共有された。

    今月の問い

    • 自分にとって「これはギャンブルではない」と思い込もうとしていたことはなかっただろうか。
    • 強迫観念は嫌な感情があるときだけでなく、あらゆる場面で働くことを自分の経験の中で確認できるだろうか。
    • 自分のギャンブルに対する反応は、普通の人と異なるものだったと認められるだろうか。アレルギーという比喩は自分にどう当てはまるだろうか。

    次回予告

    • 日時:2026年4月8日(水)
    • 範囲:第2章「ギャンブルと強迫的ギャンブル」後半
         第3章「ギャンブラーズ・アノニマスについてよくある質問」(予定)
    • URLhttps://gacornerstone.org/meeting-20260408/